凛の、ちょっとした思いつ記

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zoom RSS 演じることでもらうもの

<<   作成日時 : 2006/07/13 01:36   >>

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成長したい、もっと巧くなりたい、巧いってのは技術だけじゃなく感じられる心も含めてだけど、
もっと前へ前へ、もっともっといい作品を作りたい、もっともっといい役を、自分が演じることでもっと良くしたい…
いろんなことを思うのですが、
それは向上心が激しくあるから、で、それをなくしたら表現者としてお終いでもある、のですが。
時折は、遮眼帯をつけて走ってる馬みたいになってるかも、と反省しないとな、と思います。

今まで素の会をやったあとのダメ出しでいつも「お客の反応感じ取れてる?」的なのがありました。
正直、わかっちゃいるけど拾いきれていない、って感じでした。
でも今回、日曜、語っているとき、
操られているほうの「役の人物」はしっかりとテキストと相手役に向かっていましたが、
操っているほうの「役者桜澤凛」はお客様と同じ空間で呼吸をしている感覚があったのです。
相手役が、あるときはどっかんと、あるときはニヤニヤとという風に観客を揺らしてくださっていたので、
私も「お客様の笑い声が収まりかけたら」「笑い終わりの息で次を出そう」という感じで、
その瞬間は決してこんな風に『考えて』やっているわけではないのですが、自然に感じてしまって、
稽古でやっていたのとは全然違う間になっていたところが何箇所もありました。
でもそれが「いま、ここで、そのとき」の『間』で、間違っていないんじゃないか、
テキストを手に持った状態の語りではつい本にとらわれて、決めたとおりにやってしまいがちだけど、
これが芝居の時に良く言われていた『状況に体だけを持ち込む』『覚えたことを忘れて出て行く』というのと
同じ状況なんじゃないか、とあとからふっと思いました。

それと…
今回、ああいう作品だったせいもあるのですが、
ふっと見えたお客さまが皆「本当に面白い、楽しい」という顔だったのです。
私が、私達が、生み出した創り出したものを、うけとって喜んでくださるお客様がいる。
自分が、何のために演じているのか、その一番大きな一つを思い出させていただきました。
私は、ここで、演じていて、生きていて、いいのだという、大きな肯定感。祝福感。
それは、『ポプコーンの降る街』で客席から啜り泣きを聞いたとき、
『ザ・ソプラノズ』で私がアテてたアドリアーナが死んだ際に、2チャンネルに沢山の見知らぬ方々の
「グッジョブ、ありがとう、凛ちゃんお疲れ様」の書き込みを見たときに感じたのと同じ。
私は私の演技を見て喜んで楽しんでくれる人のために演じているのだ、ということ…
あの作品のパロディで言うなら、
「案外これでいいのかもと、お客様たちのうれしそうな顔を見ながら思った…」
今、本当に腕を振るう場がなくて、この先の希望もつぶれて、本当に辛い状況なのだけれど、
この大事なものを思い出して、忘れないで、何とか進んでいきたいと思います。

前を向いて、でも時々はちょっとキョロキョロもして、ね。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
頑張れ!!・・・って頑張ってる人に言うのは失礼なのは
よ〜く分かってるんだけど(苦笑)
でも頑張れ!!
いつもいつも、ここでしか応援できないのも苦しいなぁ・・・
みぃ
2006/07/13 06:36
うんうん!凛さんとても素敵でした!作品自体も確かに面白かったけど、でもそれを見出して「桜澤凛」で表現した凛さんが一番素敵です!でもでも俺も負けずに頑張りますよ〜 あちょー
むぎお
2006/07/13 21:29

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