凛の、ちょっとした思いつ記

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zoom RSS フラと演技と信じる力

<<   作成日時 : 2006/05/01 01:49   >>

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前にも書いたけれど、フラにはまっている
芸事というのは(大人になってからやる場合特に)
この人なら!と思える師匠に出会えるかどうかがとても大事だと思うのだが、
私も、何の気なしに出たスポーツクラブのクラスで、先生に当たってしまった。
たぶん、この先生でなければ、ここまで短期間に、ここまでのめり込む事はなかった気がする。
かっこいい。何がかっこいいって、その姿勢だ。スポーツクラブのクラスだからって容赦がない
大抵こういうところのダンスクラスは「運動代わりにそれらしいものをやってみましょう」という姿勢で、
しかも一回完結で積み重なっていかない構成になっているのが多い。
毎週同じ生徒が通ってくるレッスンスタジオとは事情が違うので、それも一つの正しい考え方なのかもしれない。
だが、この先生系のクラス(普段はお弟子さんの若い先生が教えてくださる、この先生がまたステキ…その事はまた改めて)は、
「フラをやるからには、基本も振りも、精神も、ちゃんとしましょう」というのが
レッスンに鮮明に出ている。
(もちろん、直接先生のスタジオでやるのは、もっと要求レベルが高いのだろうが)

で、6月にルアウという、パーティーというかダンスショーというかおさらい会というか、
とにかく、ステージで踊る機会があり、それにエントリーした。
まだ初めてたった半年だし、バイトをクビになった身には少々堪えるエントリーフィーだったが(でも相場よりは超安!)
後ろに本番が控える稽古こそが身につくのは、芝居やアテレコでも身に沁みて知っているし、
今年は自分にどんどんそういう場を強いていこうと決めているので、頑張って申し込んだ。
大正解!!
背水の陣で臨む稽古は、レッスンも、自宅での練習も入り方が違う。
振りや角度が怪しいままでは踊れないから、不明点がはっきりする。質問もできる。
それだけでなく、踊りの解釈、表情、呼吸の位置も考え、感じるようになって来た。
ちょっと家でベーシック(基本の足踏みみたいなの)をやりすぎて、いつも通ってるマッサージの人に
膝痛めない様にねと言われてしまう位(たしかにここんとこ、ちょっと痛い。ヤバイ。ほどほどができない私)

そう! 人前で踊るダンスであるからには、初心者であっても「表現」でなくては、と思うのだ。
だって、私、女優だし(笑)
フラの動きは、足がカウント、手の振りに手話のように意味がついている。
ハワイ語の歌詞も、もちろん全てはわからないけど、先生が説明してくださったのや、
何曲かやるうちに共通して出てくる言葉を覚えてくる。
そうすると、「花」「匂いが漂ってる」「風が吹く」「あなたを探す」「満月が」…なんてところで、
本当に花の匂いをかいだり、月が見えたり、恋人が見えない不安を感じたりすることがある。
「愛し合ってはいるけど、あなたは手の届かない高貴な人(ハワイは王室があったからかな?)」と説明受けたところを踊っていると、
胸がきゅんとなって、涙ぐみそうになる時がある。
(いい歳こいて、私はハワイの少女か!←セルフ突っ込み)
いや…、単に私が思い込みが激しいというか、その気になりやすいというかなんだけど。

芝居の稽古で「自分の見ているものは客にも見えているとただ信じること」
というダメ出しを聞いたことがある。
そう。ないものを創り出す、見る人と共有できるのは、ただ「信じる力」なのかもしれない。
自分の生きている物語を信じられるようになること。
それが、「表現」の始まりで、行き着く先なのかもしれない。
私は踊ること=演じることが大好きだ

(もっとも、あのダメ出しにはまだ先があって「表に出そうとなんかするのは、役者のエゴにすぎない」というもの。
うう、私はこちらを自戒しないといけないかも…いや、なにぶん「ほどほどができない私」なもので…(笑))







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