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zoom RSS 「平穏死」のすすめ(石飛幸三)←終末期看取り介護の参考に

<<   作成日時 : 2011/11/28 00:47   >>

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ちょうど一か月前、特養の医師(提携の通いのお医者さん)に呼ばれて、家族に話があったことはちょっと書いた。
看取り介護についての説明と、承認のサイン。
そのあと、バイト先でこのタイトルを見かけて、まさに「口から食べられなくなってきた」状態で、あまりにタイムリーだったので
私も取り寄せて読んでみた。





著者は、公立特養の専属医。
血管外科で先進的な医療に携わった後、転身した医師だ。

書かれてあった基本線は、ほぼ我が家が考えていたことと同じ、
「治るなら治療してほしいが、延命のための延命はしないでほしい」だったけれど、
書かれていた中には驚かされた事実もあった。

外の医療機関に所属する「通いの医師」は保険診療ができるが、一番入所者を知っている専属医は保険請求ができないこと。

体全体のレベルの下がっている高齢者に、その一部を持ち上げる治療を施すと、
ホメオスタシス(恒常性=一定の状態を保つこと。たとえば体温を平熱に保つみたいな)を乱して
本来なら苦しみなく眠るように逝けるはずなのに、苦しい最期になる可能性があること。

飲み込めない、誤嚥を防ぐために施す胃瘻や経鼻栄養も、逆流し嘔吐して誤嚥になることもあるということ。

脱水を恐れてする点滴も、入れすぎると心臓や肺がついていけず、肺が水浸し、肺水腫になることもあること。

積極的治療をしない「見守り」で、医師は「保護責任者遺棄致死」に問われる恐れがあること。
等々。

胃瘻で誤嚥になるなんて…何のための胃瘻なのか。
苦しくなるための治療なんて…祖母は「もうよっぱらだわね」(もう沢山、充分です)といつも言うのに。

この本の奥付は2010年。まだ新しい本だ。
してみると、祖母の特養がしてくれた「看取り介護」はとても先進的、かつ良心的なことで、
どこでもしてもらえることではなかったのだな、ということがわかる。

前ログでも書いたが、祖母の終わりは本当に静かで安らかで、
低空飛行から見事に軟着陸という感じに見て取れた。
その日の昼まで、はっきり意思表示をし(「痛い?苦しい?」ううん「頑張れる?」ううん「ダメ?」うん)
点滴もないので、治療中はあちこちにあった内出血も、余分な水分による浮腫もなく、とてもきれいな姿だった。
最後の方は目を開けるのが面倒なのか普段でも半分眠ったまま返事をしていたので、
体が冷たくなっていっても、いつも通りにしか見えなくて、声をかけたら返事をしそうに見えた。
お別れにのぞきに来てくれる特養のスタッフさんたちも「Cさんはアイドルだったんですよ」と言って
いつも通り耳元で大きな声で「Cさーん」と声をかけていってくれる。
私がいつもの祖母の言い方を真似て「はーい、ありがと」(条件反射のようにいつも同じ節をつけていっていた)と答えると
「ほんとにいつもそういってくださいましたね」と笑ってくれる。
「普段から毎日のように面会に来てくださって、我々もうれしかったです。ありがとうございました」とも言ってくれた。
とてもいい看取り介護をしてもらったと思う。

いままでも、ここで書いてきた認知症や介護関係のブックレビューに言えることだが、
すべての人がそれぞれに状況が違って、すべてに当てはまる本はない。
もっと若かったり、病気治療することによって改善するような人には違うかもしれないが、
うちの祖母のような「超高齢者の看取り介護」を考えなければならない人には参考になります。ご一読を薦めます。

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