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zoom RSS 8月15日に思うこと

<<   作成日時 : 2010/08/18 02:02   >>

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15日も朝からバイトだった。
午後早い時間にバイトを終えて出た外は、上からアスファルトから、両面グリルのような暑さだった。
65年前のあの日も、暑かったのだろうな、
実際の気温は温暖化の進んで半亜熱帯化した今ほどではないにしろ、
信じてきた(信じさせられてきた)ことが崩れて、立ち上がれないほど暑い夏の日だったのでは、と
その日を思った。


夜。
先月二人芝居でお世話になった両沢監督が歌っていらっしゃるライブハウスへ。
先月も出演されていたのだが、先月の月半ばにはまだ自分の芝居の方向が見えず、聴きに伺う余裕がなかった。
「何系ですか?」とおききしたとき、監督は「ボブ・ディラン、かな」とおっしゃっていた。
アコースティックギターと、ハーモニカ(ブルースハープ、っていうのかな?)と自作の歌。

「走れ少女」という歌が圧巻だった。
東京大空襲での監督のお母様の体験をもとに作った歌だという前説。

曲想は明るくて、まるで草原を駆け抜けていく少女のようだと思った。
でも、歌詞の中、実際に彼女が駆けているのは、火の海。十万人が亡くなった、焼夷弾で焼かれた下町。
走っていく先にあるのは人でいっぱいの橋と、死体で埋め尽くされた川だ。
この間の芝居のダメ出しにあった「Aの内容に、Aの表現ではなくBの表現を重ねれば、Cが生まれる」って
こういうことなのか、と思った。
「走れ少女よ、時代の向こうまで」というような歌詞で歌は終わった。
お母様は、無事にその向こうまで、を駆け抜け、今は「嵐のニノ」がお気に入りの80歳、なのだそうだ。
「平和って、いいですね」と監督は笑っておっしゃった。

歌の力ってすごい、と強く感じた。
以前この曲を聴いて「映画にしたら」といった方がいたそうだが、監督いわく「十億かかるよ(笑)」と。
確かに、炎上する橋、埋め尽くすエキストラ、本火…考えただけでかかりそうだ。
時間も人手もお金も。
実は、私も沖縄から抱えて帰ったもろもろなど(自分に語る資格があるかどうかの迷いもあるのだが)
ものを作り人に伝える人間の端くれとして、何か形に出来ないかとずっと考えているのだが、
たとえ小さな芝居や語りにするにしても、やはり十、百の単位のお金も、人手も時間もかかる。
ところが歌は、歌う人と聴く人で、5分で一つの世界が出来上がる。それはすごいこと。

そんなことをまたいろいろ思わせてくださった、ステキなライブだった。



帰ってきて、バイト先の図書館で、この本を見返してみた。児童向けの本。





遺体片付けに当たった当時19歳の学徒兵の手記が載っていた。
うつ伏せになった女の死体。手の爪がすべてなくなっている。
ひっくり返してみると体の下には穴が掘られ、母親の身体に守られて焼け跡のない赤ん坊の死体が。
すすけた母親の顔を拭いてみると、まだ若く、全く苦悶のない慈愛に満ちた顔であった。
学徒仲間がつぶやいた。「花があったらなあ」…

死んでいった人たちも、地獄絵を刷り込まれて生きてきた人たちも、ともに哀しい。

こんな轍を再び踏まないために、何かできることはないだろうか。
ものを語る、うみだす人間として。

そんなことを思う、8月15日まわり。

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一次生産者と二次生産者(両沢和幸監督バースディライブ)
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凛の、ちょっとした思いつ記
2010/11/26 23:12

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内 容 ニックネーム/日時
僕の家系は広島出身だ。祖父の代に東京へ出たが、その祖父の実家は爆心地から200メートルだ。幸いなことに、昭和18年に曽祖父、曾祖母はその家で相次いで病没した。歯科医だった。だから昭和20年のその日は、家は他人に渡っていた。だが、私の会ったことのない祖父や祖母の墓は、今でも広島にある。今年の1月に、初めて長崎を訪れ、原爆資料館へ行った。だが15分と居られなかった。劇作家だった祖父の生れた土地を見てみたい、と何十年も思っているけれど、恐らく、僕は死ぬまで広島へは行けない…と思う。広島には、僕と同じ姓の村がある。遠くはそこの出身だとも言うけど、そこへ行く日はあるだろうか。僕が芝居に関わり続けている限りは行って見たい、行くべきだとも思うが…。僕には、8月は、余り、いい季節ではない…たぶん、いつまでも。
haru
2010/08/18 22:22
>haruさま

私も長崎には仕事で一度行き、一人で原爆資料館へ行きました。
広島はいまだ未踏の地です。一度は訪ねねばと思っているのですが。

父は昭和20年には小学生で新潟におり、
広島の後、「新潟が狙われる」と郊外への避難命令が出て、
年寄りと布団を荷車に積んで避難したと聞いたことがあります。
実際、新潟や小倉は目標地で、長崎になったのは天候の関係という話もどこかで読んだような。

ほんの小さな偶然で、私はこの世に生まれなかったかもしれない。
語るほどの中身はなくても、知った以上、感じてしまった以上は、
やはりたとえ年に一度であっても、考えたり、語ったりするのが
自分の責任のような気がします。
本当に、まったく知らない世代や、悲惨だから子供には教えたくないと公言してしまう親がいるのです。

ブレーキの装備がないのに車を走らせるのは、恐ろしいことです。


2010/08/19 17:36

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