凛の、ちょっとした思いつ記

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zoom RSS 戯曲を書く人、語る人

<<   作成日時 : 2005/10/09 16:03   >>

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わたしはこう思っている。『作者は神様、演出家は王様、共演者は恋人』
この言葉については、またゆっくり書くことがあると思うけれど、とにかく今日はその「世界を作っちゃう」神様達の話。

いつも思うけれど、作家とか、作曲家とか、何もない空気中から作品をつかみ出し生み出す人は、
すごいなあと思う。
役者は、たいていは戯曲というたたき台、ガイドがあって、それを立ち上がらせていく表現者だ。
同じクリエイターでも、全くの無から作り出すわけではない。
縛りの中で、ああか、こうかとさぐり出すのが演技のおもしろさ。
(それだけに、芝居はホンがよくないとどうにもこうにもならないってところがあって、辛いのだが)
立ち上がらせ方は役者の数だけ何通りも(っていうか、「明らかな間違い」以外は∞通りも)ある。
そこが腕の見せ所。
でも、やっぱり、何もないところからひとつの世界を作ってしまう人たちってのは、すごいことだ。尊敬する。

友人の戯曲作家に、同人誌の例会に読み手として呼んでもらう事がある。
われわれ役者はその場で渡され、配役された戯曲を、初見で読む。
その音声化を聞いて、読後に作家同士合評をし、師匠の講評を貰う、というようなシステム。
共演者も初対面の事が多い。当然演出もつかない。
あるのは紙の上にある生まれたての戯曲と、それに向かい合う役者の読力(読解力と演技力)だけ。

誤読(単に「読み間違い」、という意味だけでなく、「解釈ミス」だ)は許されない、と緊張する。
だって、それを元に合評でたたきあうのだもの。
(でも、友人いわく「誤読されるような書き方をするのも含めて作者が悪いので、読み手さんは気にしなくていいんですよ」との事だが、私はプロの仕事として、自分にそれを許すつもりはない)
役者は見られていない(評価の対象ではない)とはいえ、一番力を試される場かもしれないと思っている。
私はかなり初見が強いほうだと思うが、表現力、感受性、漢字や語句知識の国語力、
呼吸の感知力、即応力や柔軟性…総動員
。おもしろい。

出てくる戯曲も習作で、時に???な物もあったりするが、こんなセリフを語りたかったんだ、と心ゆすられるものに出会うこともある。
(以前やった二人芝居も、最初はここで、初見読みで出会ったものだった)
なぜこの人が今こんな作品を書くのだろうとか、彼ってこういうところがあったのねとか、
その「人となり」が、作品に映し出されていく。書いたものはフィクションであっても。
やむにやまれず書いたもの、言いたいことがあって書いたものほど、言葉の力がびんびん響いてくる。

役者さんからの意見も聞かせてといわれて、戯曲を立体化するときの自分なりの目の付け所などの
企業秘密(ってほどのことでもないが)をちょっとお話しする。
表記から感じ取るニュアンスの違い(「嘘」と「ウソ」と「うそ」はなんか違う気が、私はする)とか、
「、」「。」「てにをは」の受け取り方とか、キャラの名前からのイメージ情報の拾い方とか。

こだわりかもしれないが、自分では当然の視点と思っていたことに「へえー」っと驚かれて、
立場が違うとものの見方が違うのだなと改めて思う。
逆に作家さん達の思いがけない視点、追求点も知って、勉強になる。
戯曲作家が伝えたいものが極力誤解なく演出家や役者に伝わり、
観客にもストレートに提示できる。そんな役に少しでも立てれば、うれしい。

素敵な神様が、素敵な世界観を沢山生み出してくれて、
私をそこで生かしてくれて、
沢山の見る人を幸せにしてくれたらいいなあ。


こちらが、講評なさる師匠の本。この6月私が出た舞台の演出家でもあります。
声でコミュニケーション―日本語の発声から朗読まで
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久しぶりのドラマ吹き替え
いつもながらに、前回のコメント御礼から。 おリモさまご無沙汰してます。 あれは、ほんとうに楽しい力試しですよ。ノーギャラ、交通費のみなので、プロのお友達は声かけにくいのだけれど。 たまに人探ししてることもあるようなので、ここでやりたーいと叫ぶと、読んでる関係者がいるかも? ...続きを見る
凛の、ちょっとした思いつ記
2005/10/12 01:52
コメント御礼
>きまぐれさま …うーん、名作ですよね、山頭火ばりの無季俳句(^_^;) 何か問題が、もしももしもあったとすれば、 なぜかしら、懸賞金を取りたいという気持ちが、審査員に気取られてしまったのでしょうか。タヌキの祟り? 私も昔「あんたの演技はヤランカナが見える時がある」とダメ出されたことがあります。策士策におぼれるか?未熟者です。 ところで、戯曲作家の合評会の読み手について書いた回(こちら)はお読みいただけましたでしょうか? ラジオドラマがお好きなきまぐれさまなら、ああいう言葉と声... ...続きを見る
凛の、ちょっとした思いつ記
2005/10/23 00:39

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
戯曲の初見読み合評会、いいですね!!
自分のした音声化によって脚本の評価も変わってしまう訳で、
すごいプレッシャーを感じるのだろうけれど、すごく面白そう!
短時間でどれだけのものを見つけて、感じて、引き出して、そして表現できるか。
うわぁ…いいなぁ!!と思って、思わずコメントしちゃいました♪

そして、作者さん達は本当にすごいですよね。
自分で原稿を作ったりすると、本当にっそう思います。
おリモ
2005/10/09 18:23
 大変です、凜さん!
 どこぞの劇作家がこの日記を読んでのたうち苦しんでいます!(笑)
 なんか「別に良い神様に興味はないが、強い神様にはなりたいなぁ」などと、またしても役者さんの反感を買いそうな事を呟いていますよ〜。

 しかし確かに、ものの見方や追及点などなど、立場が違えば違うものなのですねぇ。
 「、」「。」「てにをは」もそれぞれの劇作家さんのクセがあるようですし、正確な使い方にはあまり執着してないのかもしれません。
 「行間」と同じで、そこから汲み取ってほしいとの表れなのでしょう……。
 役者さんからすれば無理難題も多そうな気がしますが。
PIP
2005/10/11 18:10
戯曲というので難しい古典の話かと思いましたが違うんですね。
文章をどう表現するか難しいですね。書いた人もちゃんと自分の言いたい事がこの文章で伝わるか結構不安なんではないでしょうか。そこに「読み手」という第3者が加わって初めて試されるような、そんなところもあるのではないかと。それでは「読み手」は作者の意を伝える正確に伝える義務があるのか言えば、私、一般的聴者からすれば「読み手」の方の自由な表現方法も期待してしまうんですね。平らな文章を立体化するには、作家と読む人、それぞれの自由な思考の場があっても良いのではないかと。だから聴いてる方も面白いんだという気もするのです。
お芝居などしたことないド素人のヘタな感想ですけど・・・。
きまぐれ
2005/10/23 13:00

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